帝国の兄弟 第2話


「騎士?」

夕食の席でルーベンから告げられた言葉にルルーシュは首を傾げた。

「護衛の騎士をさらに足すつもりか?」
「いえ、違うのです。ルルーシュ様個人に仕える専属の騎士を持たれては如何でしょうか?」

ふむ、とルルーシュは考える。
現在ルルーシュとロロはアッシュフォード家の庇護下にあるが、いつまでもアッシュフォードの世話になり続ける事は出来ない。
いずれは皇族の一員として責任ある役目を果たさなければならないのだから、名家とは言えアッシュフォード家ばかり重用するわけにもいかないのだ。
だからこそ、将来的な皇家内の権力闘争を有利に勝ちぬく為に優秀な貴族を騎士として積極的に自分の派閥に取り込んでいく必要があった。
だがルルーシュは今一乗り気にはなれなかった。

「ルルーシュ様?」
「いや、何でもない。ルーベン、騎士候補の名前はもう既に挙がっているのだろう?」
「勿論ですとも!ルルーシュ様さえよろしければ明日にでも彼らを招いて夜会を行いましょう!」

パーティー好きのルーベンの事だから、明日と言えば本当に明日にでも開催してしまいそうな勢いである。
その様子を見て呆れたように苦笑を零したのは彼の唯一の孫娘であった。

「もう、お爺様ったら。ルルーシュが困っているわよ」

ミレイ。アッシュフォード。
祖父譲りの明るい金髪の美少女、中身はと言えばこれまたお祭り好きの元気な性格だ。
きっともう少し成長すると『記憶』の中にある『ミレイ』と同じような女性になるのだろう。

「明日と言うのは早急だろう。まずは書類選考により候補を絞ろうと思う。彼らの経歴等を資料としてもらいたいのだが」

いきなり多数の若い貴族達と対面させられこの中から騎士を選べなど面倒な事この上ない。
元々夜会は好きではないし、アッシュフォード家主催で皇族の騎士を決める為の夜会などと宣伝されれば野次馬が多数駆けつけてくるのは間違いない。
それを避ける為に、そして気にいらなければ全ての候補を却下する為にルルーシュはルーベンに資料の請求をした。
ルーベンはやや残念そうに表情を曇らせながらも、了承の意を返した。

「騎士、か・・・」

ルルーシュは誰にも聞こえないような声で呟いた。
思い出すのは何処か大げさなほど古めかしい騎士道を重んじ、真摯に使えてくれた忠義の騎士。
その姿が在るからこそ、いい加減な気持ちで騎士を定める気にはなれなかった。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアにとっての唯一の騎士。
その『記憶』に引き摺られる気持ちはないが、妥協もする気はない。
そしてその思いはやがて一人の若い貴族の元へとルルーシュを辿りつかせる事になる。





皇族の騎士になってみないか。
父親にそう言われたジェレミア・ゴットバルトは一つため息をついて見せた。
ジェレミアの家、ゴットバルト家は伯爵家だ。
爵位が金で買えると言われているゲルマニアにあっても割と伝統ある貴族の部類に入り、先祖代々受け継いできた土地に館はゴットバルト家の歴史を物語ってくれる。
しかしゴットバルト家はゲルマニア貴族の中では決して上位に位置するわけではない。
精々が中の上と言った所で、ゲルマニアの政治の中枢に関わるような大貴族ではないのだ。
その為、ゴットバルト家は代々武門としてゲルマニアの騎士団に優れた魔法の使い手を輩出する事でその地位を示してきた。
ジェレミアも首府にある帝立ヴィンドボナ魔法学院を首席で卒業し、これからどこかの騎士団に所属し騎士として身を立てる事になっていた。
そうして戦場で武勲を立て、貴族としての地位を引き上げてもらおうという魂胆である。
だが武門の貴族の出世にはもう一つのルートがあった。
それが皇族の騎士になる道である。
ゲルマニア帝国は元は利害関係によって寄り集まった貴族達による都市国家群であった。
それが有力貴族を皇帝として国家の体裁を整えたのが帝政ゲルマニアであり、今代の皇帝シャルル・ジ・ゲルマニアによってさらに中央集権化が図られ、ゲルマニア帝国と呼称するようになった。
とは言え今なお地方の貴族の独自権力が強く、皇帝の求心力と言うものが他の王権諸国と比べても低い。
そこで皇族はそれぞれの専属騎士を持つ事で彼等を自分達の権力基盤に取り込もうとするのだ。
騎士となった貴族も皇族に取り立てられてもらえる為出世の近道となる。
お互いの利害の一致によって成り立つ主従関係、それが皇族の騎士だ。
ジェレミアにしてみれば騎士として有るまじき制度である。
騎士とは己の全てを主に捧げ絶対の忠誠を誓うもの、そして主はその生き様を持って騎士に応える、それが本来あるべき主従関係の姿ではないのか。
ジェレミアが抱く騎士道とハルケギニアの現実は酷くかけ離れてしまっている。
それが彼には苦しくてならなかった。
かつてはゲルマニアにも騎士の時代があった。
高潔な騎士としての在り方、騎士道を重んじ絶対の忠誠を持って主に仕える騎士達の時代。
帝政ゲルマニアの黎明期であり伝説の皇帝と円卓の騎士達の時代。
だがその文化は長く続いた内乱により廃れ、今では形式のみが残っているだけである。
主として擁くに相応しい誇り高い人物はどれだけいようか。
何やら捲し立てる父親からそっと視線を外し、ジェレミアは記憶の彼方に思いをはせた。
彼には主がいた。
と言ってもそれは今生の話ではない。
遠い過去、このハルケギニアに生まれてくる前の事だ。
今ではそれが現実のものだったのか分からなくなっている。
もしかしたらただの空想の上での出来事なのかもしれない。
だが自分があの主に対して抱いた感情は本物であったはずだ。
誇り高いその主は孤高の修羅の道を歩んだ。
それを見送る事しかできなったが、それでも彼を主君と仰ぐ事が出来たのは生涯の誉れであった。
自分が真の意味で騎士として仕える事が出来るのはもしかしたら彼一人なのかもしれない。

「流石首席卒業と言う事もあってな、いろいろな所から招きが来ておるぞ」
「申し訳ないのですが、全て断って下さいませんか、父上」
「何を言っておる!何の経験もないお前を騎士として召し抱えたいなど名誉な事だぞ!」

それはそうなのだが、とジェレミアは思った。
彼がゴットバルト家の後継ぎでなければ魔法学院などには通わず、騎士見習いとして騎士団に所属する事も出来ただろう。
皇帝直属の精鋭騎士達が揃う騎士団、そこならばジェレミアの自尊心も満足させる事が出来よう。
知己の騎士の誇り高い振る舞いを思い出す。
帝国最高の騎士を目指す彼らの在り方もまたジェレミアの望む生き方である。

「ほれ、これは・・・ほう!ルルーシュ殿下直筆の手紙だぞ!」

嬉しそうに話す父親から顔を背けてジェレミアは一人胸の痛みを覚えた。
決して忘れる事の出来ない名前である。
ゲルマニアにはブリタニアを彷彿させる名が多い。
今代の皇帝を始め、皇族や貴族には見覚えのある名前が並んでいた。
だが彼らはあの世界の彼らではないのだ。
ブリタニア帝国の記憶があるのは自分を除けばたった一人、学院時代の友人だけである。
もう会えるはずの無い彼にゲルマニアの彼を重ねて見るのは双方に対して失礼な行いだ。
ジェレミアは彼等に関わる気はなかった。
続く父親の言葉を聞くまでは。

「ん?これは・・・オレンジの花か?」

手紙に同封されていた押し花を手にとってゴットバルト伯爵は首を傾げた。

「こんなものを同封するとは・・・『忠義の騎士を心待ちにしている』だそうだ」

ハッとジェレミアは振り返った。
オレンジ、忠義の証、まさかと思う気持ちが芽生える。
それが自分だけの願望で終わってしまわない事を願った。

「父上、その話詳しく聞かせて頂けませんか?」





ゲルマニアの北東部、アッシュフォード公爵家の領地に隣接した皇族の直轄領。
ユトランド半島の中程に建つアリエスの離宮は元は皇族の避暑地として用いられてきた宮殿であった。
今では離宮はシャルル皇帝の寵妃であったマリアンヌに与えられ、そして彼女の死後は二人の息子に継承されている。
そのマリアンヌの息子と言うのが第三皇子ルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアと第四皇子ロロ・ヴィ・ゲルマニアである。
大きな門をくぐり、美しく整えられた庭園の中に走る白い石畳の道をジェレミアはメイドに先導されて進んでいた。
庭師の丁寧な仕事により美しく整えられた庭園はジェレミアの中の記憶をくすぐった。
記憶の中の光景に良く似ていると思った。
庭園の中央にある白亜の宮殿が見えてくる。
そこが今日の来訪の目的地である離宮である。
いつもならばアッシュフォードの本邸で生活している第三皇子ルルーシュはジェレミアとの顔合わせの為にアリエスの離宮に来ているのだと言う。
期待に胸を躍らせる。
一歩一歩宮殿に近づくにつれて、何故だろうか、その期待は確信へと変わっていくのが分かった。
重たげな扉が守衛の手で開かれて宮殿の中へと導かれる。
そこでメイドは一礼するとスッと身を引き、待ち構えていた老公爵へとジェレミアの身柄が引き渡される。

「よく来てくれた、ジェレミア・ゴットバルト子爵!」

満足げに笑うアッシュフォード公爵にジェレミアは礼を返した。

「この度は皇族の騎士となる栄誉を与えて頂き、感謝致します」
「その言葉は殿下に申し上げると良い。貴殿の名を挙げたのはルルーシュ殿下御自身なのでな」

やはり、そんな思いが広がっていく。

「わしも貴殿のような立派な騎士が殿下に付いてくれると思うと安心だ。ルルーシュ殿下は今まで権力とは無縁な生活を送って来られたが、そろそろ表舞台に出る頃合い。御身を守る為にも優秀な騎士が必要なのだよ」

大理石の階段を上り一つの部屋の前に来る。
こほんと一つ咳払いをすると公爵は部屋の戸を数回ノックした。

「ルルーシュ殿下、ルーベンです。騎士候補のジェレミア卿が参りました」
「ああ、部屋に入ってくれ」

中から声がかかる。
衛士達の手によって扉が開かれた。
広く造りの良い部屋、高位の貴族に見られるような豪奢な家具や飾りは無く、実務的な洗練された内装だった。
ジェレミアの良く知る機能性を第一に考えられて作られた部屋。
その部屋の窓際に置かれたテーブル。
大きく開かれた窓と揺れるカーテンの傍に彼の姿があった。
遥か昔アリエスの離宮の警備をしていた頃の記憶が蘇る。
まだ幼かったルルーシュが妹達と遊んでいた光景。
その頃のルルーシュよりは成長した姿、おそらくは日本へ人質として送られた頃の年齢なのだろう。
大きな大人用の椅子に座り、彼は紅茶のカップをソーサーの上に置いた。
その対面には弟のロロが座ってルーベンとジェレミアに目を注意深く見詰めている。
穏やかな視線に混じる警戒の色、彼の目には自分は兄との楽園を破壊する者に見えるのかもしれない。

「彼がジェレミア卿か?」
「はい、ゴットバルト伯爵の長子、ジェレミア・ゴットバルト子爵に御座います」

公爵に促され、ジェレミアが一歩前に出る。
アッシュフォード公爵に対するものよりもはるかに緊張感に満ちた一分の隙もない礼。
再び頭を上げた時、ルルーシュの微笑が目に飛び込んできた。

「ジェレミア・ゴットバルトで御座います。この度のお招き、心より感謝申し上げます」
「ああ、私も貴殿に来てもらい嬉しく思う」

ルルーシュの視線がジェレミアからルーベンへと移動する。
紫紺の瞳の奥に潜む喜色を見てジェレミアの確信は一層深まった。

「悪いが、この場は私とロロ、ジェレミアだけにしてもらえないか?」
「よろしいのですかな?」
「彼は清廉な人物だ」
「ふむ、それでは何時でもお呼び下さい」

ルーベンを退室させてルルーシュはジェレミアに席を進めた。
しかしジェレミアはそれを辞するとルルーシュの前に跪いた。

「手紙の意味、伝わっていたようだな」

その一言で今まで堪えていた心の堰が砕け散った。
幾筋もの熱い涙が零れる。
言いたい言葉は幾つもあるのに口を開けば嗚咽が漏れそうになる。
それを察したのか、ルルーシュが傍に屈み肩に手を置いた。

「また会えた」
「・・・はい」

ジェレミアはおもむろに腰から下げた杖を抜き取り、それを捧げた。
今日と言う日の為にあつらえたレイピアを模した杖。
己の中の騎士たる在り方の為に特別に剣を模した型を求めたものだ。

「ジェレミア・ゴットバルトはここに騎士の制約を立て、ルルーシュ様の騎士として御身をお守りし続ける事を願います」

ルルーシュはその杖を手に取る。

「その進まれる道を切り開く為の剣となり、禍から守るための盾となってあり続ける事を願います」
「良いだろう。私は汝ジェレミア・ゴットバルトを我が騎士として認める」

そっと肩に当てられる杖。
正式な騎士への叙任はもっと形式ばった、証人が同席しての場で行われる。
これはいわば自分達だけに意味を持つ騎士の叙任だ。
だが願いは叶った。
再びこの誇り高い主に仕える事が出来る。
その喜びでジェレミアの心は満ちていた。

「俺達には力が必要だ。共に闘ってくれ、ジェレミア」
「Yes, your highness!」






To be continued






>>Back  >>Next  >>Back to Index