帝国の兄弟 第1話


「・・・あったか?」

黒髪の少年が机の上に開いていた本をバタンと閉じた。
紙の間に溜まっていた埃が宙を舞い、黴臭い臭いに思わず顔を顰める。

「ううん、こっちにもないよ」

対面に座った少年も手元の本から顔を上げて首を横に振った。
彼等がいるのはなかなかの広さを誇る書庫である。
おおよそ、彼等の様な年齢の子供達が出入りするには相応しくない場所なのであるが、彼等はかれこれ三日ほど前からこの書庫へと通っていた。
目的は情報収集である。

「やはりブリタニア帝国という国は存在しないか」 「うん、まだ新大陸は未発見のようだし、そもそもブリテン島自体が存在しないみたい」
「俺達が知るブリタニアが成立する要素がどこにもない。それどころか、歴史その物が異なっている・・・」

机の上に積み上げた多数の古めかしい歴史の書物を恨めしげに見て、ルルーシュはため息をついた。
そもそも歴史書など捏造とこじ付けで成立している一面がある事は否定できないが、それでも彼等が求める歴史の痕跡は一切認められないと言うのは異常だ。
不安げに自分を見詰める視線を感じて、少年ルルーシュは己の『弟』に笑いかけた。

「大丈夫さ。何が起きたのかは分からないが・・・少なくとも生きていけるだろう?」
「う、うん、そうだけど・・・」

歯切れの悪い言葉。
その理由はルルーシュにも良く分かっていた。
ここ三日間で自分達を取り囲む状況を調べ、その大体の把握は出来た。
ゲルマニア帝国第三皇子ルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアと第四皇子ロロ・ヴィ・ゲルマニア。
ゲルマニア帝国はここハルケギニアでも有数の国土と人口を誇る大国であり、その皇子として生まれた二人は後見の貴族の家で育てられているらしい。
その後見の貴族こそが、ゲルマニアの北東部に広大な領地を構える名門貴族アッシュフォード公爵家であり現当主のルーベン・アッシュフォードであった。

「ルーベンにとっては俺達は無碍にできない存在、言わば宮廷で権力を握る為の大事な駒だ。ここに居る限り安全は保障されているとみて良いだろう」
「駒・・・かな?」

そのキーワードにロロが肩を震わせる。
ルルーシュは肩を竦めて見せた。

「アッシュフォード家の者が親しくしてくれている事は俺も理解している。それを疑う気はない。しかしルーベンも貴族だ。純粋な好意で俺達を養育しているわけじゃない」

ルルーシュの皇位継承権は第四位。
次期皇帝の地位を狙うには可もなく不可もなくといった所
代々ゲルマニアに仕えて来た重臣であるアッシュフォード公爵家にしてみれば皇帝の後見人という立場は重要なポジション。
多少養育に熱が入るのも無理はない。
しばらくは大人しくしているべきか、しかし今は好機だとルルーシュは思った。
先日起きたルルーシュとロロの落馬事件。
突然暴れ出した馬から落ちた二人は、その際に頭を打ちアッシュフォード家を大混乱に陥らせた。
ルルーシュとロロにはあくまでも馬の機嫌が悪かった故の事故だと知らされたが、事の真相が二人に対する暗殺未遂であると言う事を二人は理解していた。
急に物々しくなった警備網、屋敷の中を移動する度に走る護衛の騎士達の緊張。
身の回りの世話をするメイド達も数が絞られ、自由な行動にも制限がかかった。
こうして書庫に居る今もすぐ近くに護衛が立っている。
二人が単なる子供であれば不自由にちょっと苛立つぐらいで済むだろうが、あいにく彼らの精神は見た目以上に発達を遂げていた。
ルルーシュ達の中には当然の事ながら幼い頃の記憶がある。
ゲルマニア皇族ヴィ家の者として今までどのようにして育ってきたのか、その記憶を辿れば鮮明に思い出せる。
そしてその一方で別の記憶もあった。
ブリタニアと言う魔窟で過ごした日々、世界を相手に戦った自分達。
これも確かな記憶あるいは知識として二人の中に存在している。
リンカーネーションとでも言うのだろうか、ルルーシュは己の境遇に幾つかの推測をし、その中で最も可能性の高いものを検討した。
『魂』を知識や経験が蓄積したものと定義するのであれば、今の自分達はまさしくルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとロロ・ランぺルージの魂を引き継いだ者であると言える。

「今の状況は都合が良い。第三者から見れば今の俺達は事故のショックを受けていても何らおかしくはない。それどころか平然としている方がおかしいぐらいだ」
「そうだね・・・」
「だからこそ、今しかないんだ。異常な問題を抱えた俺達がこの世界に違和感なく溶け込むまでには後数年分体が成長する必要がある。だが今ならば事故という口実が使える」

ある日前触れもなく子供が大人びてしまえばその違和感は誤魔化しようはないが、今ならば大人達は勝手に暗殺の事実を知られてしまったなどと勝手に推測してくれる。
多少の無理がある事は百も承知。
ルルーシュもロロももう純粋な子供には戻れないのだ。

「それよりも問題なのはこっちの方だよ」
「ああ」

二人は机の上に開いた一冊の本に視線を落とした。
その本はこのハルケギニアと呼ばれる世界、あるいは地域の歴史について書かれたものであった。
本の中で語られる地名には見覚えのあるものが多い。
そこから推察するにこの世界は所謂空想小説で言う所の、あまりその手の本は読んだ事はなくあくまでも知識として知っているだけであるが、パラレルワールドの様なものなのだろうか。
ハルケギニアの歴史や文化は便宜上前世と呼ぶ事にした以前の世界と共通する面もあるがかなり異なる部分が多く、その要因はおそらく一つだろう。
それは『魔法』
メイジだけが持ちうる神秘的な力。
始祖ブリミルが率いた古代民族であるマギ族の子孫達のみに与えられた強力な力。
絶対的な優位を示す力を持って貴族達は魔法の力を持たない平民を率いて領地を築き、国を栄えさせ、今のハルケギニアの歴史を築き上げてきた。
ルルーシュ達の知る封建社会の歴史と異なって当然だ。

「兄さん?」

ロロから問いかける声がかけられ、ルルーシュは一旦思索を停止して顔を上げた。

「どうしたんだ?」
「これからどうするつもりなの?」
「そうだな、まずは足場固めと言った所だな。いつの世でも権力争いは複雑かつ血みどろの醜いものだ。うかうかしていれば俺達も権力争いに巻き込まれて暗殺されかねない。それを防ぐ為にもある程度の自立した力が必要だ」

そう言うとルルーシュは脳裏に自分に付属する権力基盤を思い浮かべる。
皇族ヴィ家は現在ルルーシュとロロだけである。
二人の母親マリアンヌは既に病死している。
あの強烈な個性を持つマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが母親ではない事に安堵を覚えつつも、母親がいない以上皇宮に顔が出し辛い立場である事を思い知る。
アリエスの離宮を始めとする皇帝よりヴィ家に与えられた領地は全て彼等のものであり、現在その領地はアッシュフォード家が代わりに管理しているらしい。
ルーベンの様子を見る限り、もう数年後にルルーシュが申し出ればその領地経営に口を出す事は簡単そうであるが、それまでにクリアすべき条件は多数ありそうだ。

「まだ俺達は子供だからな。目立つ真似はせず明日の為に生きていくさ」

ポンポンとロロの頭に手を置く。
若干戸惑いながらもロロは嬉しそうに笑った。

「うん」

その笑顔を見ながらルルーシュは思う。
かつては目的の為に利用した偽りの弟、それが何の因果かこの世界では血の繋がった弟となった。
ルルーシュの為に蜃気楼を操りギアスの力を行使して命を散らせたロロ、彼の最期にかけた言葉に偽りはない。
そして今も彼は自分の弟だ。
あの世界で妹ナナリーに注いできたように無垢の愛情を注げるかどうかは分からない。
だがロロは正真正銘の弟だ。
これから時間は十分にあった。
自分とロロの間にあるわだかまりを溶かすには十分な時間が。
いや、違う。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。
そして今生きているのはルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアだ。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの記憶はあくまでも知識でなければならない。
自分はルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアであるべきなのだ。
記憶を混同してはいけない。
明日を生きる為には力が必要だ。
貴族には魔法と言う神秘の力が備わっているようだが、ルルーシュにはそれとは違う力が必要だった。
国と言う巨大な化け物の中を生きていく為の権力、大切な人達を守る為の力が必要だ。
権力争いの悲惨さは知っている。
毒殺陰謀などが当然のように行われ、たとえ権力闘争に勝利したとしても常に命を狙われる続ける。
魔法によって成り立つ貴族社会と言う極端に血筋を重んじる特殊な体制故にそこまで凄惨な事は起きないとは思うが、用心するに越した事はないだろう。
その為にまずは・・・






To be continued






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