帝国の兄弟 第0話


『ゼロ・レクイエム』

それは世界を征服したブリタニア帝国皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが世界の敵として、正義の味方であるゼロにより倒される事で世界に満ちた憎悪を昇華する計画。
世界が平和な明日へと続く為に、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは己の命をかけて計画を実行した。
皇帝直轄地日本での反逆者処刑パレードの最中、ルルーシュはゼロとなった枢木スザクによって胸を剣で貫かれ、ゼロ・レクイエムは成就する。

『撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ』

そう言い続けて来た彼は人々にギアスをかけてきた代償として、そして人々の命を奪ってきた己への罰としてルルーシュは大切な人達と歩めるはずの明日を失ったのだ。
こうしてルルーシュは成すべき事を達成した充実感と最愛の人々をおいて逝く罪悪感を胸に、十八年という短い生に幕を下ろした。
はずだった。





「・・・これは・・?」

意識が急速に浮かび上がる感覚にルルーシュは目を開けた。
眼球に突き刺さる眩しい光、瞼に垂れかかる黒髪を揺らすそよ風、全身を包み込む柔らかな布団の感触。
窓から差し込む太陽の光を避ける様にルルーシュは僅かに顔を背けて声を漏らす。
しばし瞬きを繰り返し、眠りの残滓を振り払ってどうにか目を開ける。
目を覚ますのが随分と久しぶりのようだった。
視界に映る天井、部屋の隅に飾られた調度品、それらを見止めここが見覚えのある部屋だと思った。
ルルーシュの後見人であるアッシュフォード公爵家の邸宅にあるルルーシュの部屋。
外部刺激が伝える現状を認識してルルーシュはハッと我に返った。
急速に回転を始める頭脳がそれらの条件から現状を推測する。

「俺は、死んでいないのか!?」

しかも大事に手当てされる様な状況、間違いなく厚遇を受けている。
世界の敵たる悪逆皇帝は万人の眼前でその死を目撃されなければならなかったのに。
焼けつくような焦燥感が自分の喉元を締め付けるように感じられた。
このままではゼロ・レクイエムが破綻しかねない。
何が計画の狂いを生じさせたのかは分からないが、自分が最悪な状況下に置かれた事を理解する。
このままでは、自分が生きていてはゼロ・レクイエムは修正不可能な段階にまで狂いが生じてしまう。
一刻も早く行動に移るべく、ルルーシュは上半身を起こそうとして体に力を入れ、次の瞬間に後頭部に走った鋭い痛みに顔を顰めた。
何気なく痛む頭に手のひらを当てようと腕を動かし、ルルーシュははたと手を止めた。 目に映るのは白く小さな子供の手。
指を動かしたり、握ったりとあれこれ動かしてみてその手が自分のものである事を知る。
それは確かにルルーシュ自身の手であった。

「なッ、子供だと!?」

両手を頬に当て顔の輪郭を撫でる。
ゾクリと得体の知れない不安と違和感が心臓の鼓動を速める。
慌てて周囲を見渡して鏡を探し、ルルーシュは重たい体を引きずってベッドの上から転がり落ちた。
改めて部屋の中を見れば、部屋の形式はブリタニアの古風なものに似てどこか旧大陸における中世の趣を湛えている。
どうにか辿りついた鏡台の前に立ち、自分の姿を映し出してルルーシュは息を呑んだ。
そこに映された己の姿は遠い過去として覚えている幼少期の姿そのものであった。
鏡の中で紫色の双眸を大きく見開かせて驚愕する少年。
年の頃はまだ十にもならないぐらいか。
鏡台に両手を付き、体を前に乗り出してルルーシュは己を姿を呆然と見詰める。
何が起きたのか、動揺に揺れるルルーシュの思考はやや混乱気味にこの理解を超えた現象に答えを出そうと無数の可能性を挙げ始める。
ルルーシュがそうして硬直したまま二十三個目の可能性を吟味している時、不意に部屋の戸が開かれる音がした。
思わず体を震わせ勢いよく振り返る。

「ル、ルルーシュ様!目を覚まされたのですかッ!」

扉を開け部屋に足を踏み入れた人物、がっしりとした恰幅の良い初老の男がルルーシュの名を呼ぶ。
その男の姿を見てルルーシュは至極自然に彼の名を口にした。

「ルーベン・・か・?」

ルルーシュとナナリーの母親であったマリアンヌの後見人となり、ルルーシュ達が日本へ人質として送られてからは皇室から隠れ住む場所を提供してくれた男、ルーベン・K・アッシュフォード。
その老人が嬉しそうに顔を歪ませて部屋に入って来る。
口の堅い知り合いに会えた安堵と、わけのわからぬ現状を取り巻く混乱とを含ませてルルーシュは口を開いた。

「ルーベン、私の身に一体何が起きた!?」
「ああ、記憶が混乱されているのですな。しかしご安心下され。ルルーシュ様はただ落馬されただけに御座います」

落馬?ゼロの胸を剣で刺されたのではないのか?
ルルーシュは胸に手を当てるが手当を受けた様子はない。
ならば先程の頭痛はその落馬とやらの影響なのだろうが・・・
何かが違う、ルルーシュはそう感じた。
再び頭痛に襲われる。

「それで、ここはどこだ?」
「アッシュフォード家でございますよ。ここは安全な場所であります故、御安心ください」

アッシュフォードの屋敷、ゲルマニアの北部に領を構えるルーベンの豪奢な邸宅。
その外観を頭に浮かべてルルーシュはハッと自身の異常さに気がついた。
今何を考えたのか、思考を巻き戻す。
ゲルマニア帝国、アッシュフォード公爵領。
脳裏に浮かぶ単語にルルーシュは愕然となった。
自分の中にブリタニア帝国の貴族ではないアッシュフォード公爵家に関する知識が存在している。
氾濫する知識の波、次から次へと止めどなく連鎖して思い出される記憶。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアではない『ルルーシュ』の存在。
自分は一体誰なのか、今にも崩れそうなアイデンティティーを『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの知識』で必死に補強する。
蒼白になったルルーシュの表情を見てルーベンは体調が優れないのだろうと考え、ルルーシュをベッドへ向かうよう背を押した。

「さあ、お休みになって下さい。すぐに医師を呼びますゆえ」
「あ、ああ・・・」

自分が自分でない様な強烈な違和感。
思考を停止すれば楽になれるのだろうが、皮肉な事にルルーシュの明晰な頭脳は答えを求めようとしていた。
ふとルルーシュは『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアならば』真っ先に確認しなくてはいけないであろう事を思い出してルルーシュはルーベンに向きなおる。

「ナナリーは、妹のナナリーはどうしている?」

ルルーシュにとって最も大切な妹。
その安否を気遣う言葉、だが返って来た反応はルルーシュが期待したものとは異なっていた。

「ナナリー?それはどなたの事ですか、ルルーシュ様」

ナナリーと言う名前に心当たりを見いだせないのか、何度も首をかしげるルーベン。

「ルルーシュ様にはナナリーと言う名の妹はおりませぬぞ?」
「・・・もういい、分かった」

考えられるのはギアスの影響。
血縁上の父親、あの傲慢たるブリタニア皇帝の姿を脳裏に浮かべようとしてルルーシュは違うと息を吐く。
脳裏を過るのは圧倒的な覇気を持って至高の玉座に佇むゲルマニア皇帝シャルル・ジ・ゲルマニアだ。
そもそもブリタニアなどと言う国は存在しないはず。
混在する記憶に整合性がない。
上手く論理的な思考を展開できず、ルルーシュは苛立ちを顔に刻む。
残された希望の羽を毟り取られ肩を落としたルルーシュはルーベンに背を向けた。
だが次の瞬間、

「兄さん!」

子供の声がルルーシュの背にぶつかる。
ふと視線を動かしその声を放った人物を目に収め、ルルーシュは再び息を呑んだ。
フレンチベージュの柔らかな髪、ルルーシュと同じ紫色をした目が嬉しそうに、それでいてどこか不安げにルルーシュを見つめていた。
歳は五、六歳と言った頃合いか、上質な衣服に身を包んだ少年。
その少年の姿にルルーシュは見覚えがあった。
かつてルルーシュの弟役としてブリタニアから送り込まれてきた少年。
彼について調べた時に見つけた幼い頃の記録に見た少年の姿。
だが同時に彼を同じ母親から生まれた愛すべき弟であり、ゲルマニア皇族の一員であるとする記憶もある。

「ロロ、なのか?」

零れだした声はきっと情けない調子だったのだろう。
ルーベンがおやっといった様子で眉を顰める。
だがロロと呼ばれた少年の表情はルルーシュの言葉一つで瞬く間に変化した。
何かに気づいたような泣きそうな表情。

「兄さん、もしかして・・・、あの兄さんなの?」
「まさかお前も!?」

記憶があるのか、そう続けようとしてルルーシュはルーベンの存在を思い出す。
二人の様子を不審そうに見つめる彼、自分達を庇護してくれるであろう存在にこれ以上不信感を植え付けるわけにはいかない。

「ロロ、それについてはまた後で話そう。俺は少し寝る」
「あ、う、うん。分かった」

慌ただしげに部屋から駆け出ていく少年と、やや躊躇いながらも退室していくルーベン老の姿を視界の端に捉え、ルルーシュはため息をついた。
一体何なのだこれは。
明日は絶対に情報を集めて回ろう、そう考えて彼はベッドの上に身を横たえた。






To be continued






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